がらくた Garbeges

 浜辺には、さまざまな「がらくた」が打ち上げらてれます。ここで言うガラクタとは、人の使っていた道具や器などが、使えなくなり捨てられたもの。

 水に浮く軽いプラスチック製品もあれば、浮くことのない陶磁器やガラスの破片など、人によって顧みられることの無くなったモノたちです。

 腐らない陶磁器片などは、波間で揉まれ角が落ちたものもあり、古くは弥生時代や、古墳時代の土器が見つかることもあります。

 気になるのは、分解されないプラスチックの存在です。これからも増え続け、海を汚し続けるのでしょうか?

 メッセージボトル


 洋画で以前、メッセージ・イン・ア・ボトルと言うのがありましたが、このメッセージボトルは「がらくた」の中では、かなり夢やロマンがあるようです。

 日本海側では、圧倒的にお隣の韓国からのメッセージボトルが多く、ハングルの読める友人に頼んで読んでもらったところ、子供からのかわいいメッセージがほとんどでした。

 ガラス壜たち

 

 昔のガラス壜を収集する人が多くなりましたね。ちょっとした骨董市でもインキ壜や神薬壜が、かなり高めな値付けで、驚いてしまいます。

 また、壜のコレクターの中には、ボトルディグと称して、廃村などを地図から探し出し、昔ゴミが捨てられていた通称・ハケと呼ばれる場所で壜を掘り出すのを楽しむ人もいます。ビーチコーマーの私は、浜辺に流れ着いて、砂丘からひょっこり顔を出した壜と出会うのを楽しみにしています。

製塩土器の破片

 

  愛知県の知多半島から、渥美半島にかけての多くの場所で、かっては多くの塩が作られていました。そんな遺跡は浜辺にあるので、製塩土器の破片が浜辺に打ち上げられることがあります。丸いおわん形の土器の底に脚を作り、おわんの中に海水を注ぎ、それを火の周りに立て、海水を蒸発させ、塩だけになったら、底の脚を折り、塩はお椀ごと運ばれたようです。知多半島の伊勢湾側では多くの製塩遺跡があり、海底に沈んだ遺跡からは「底の脚」が見つかります。

陶磁器片 (陶片)

 

  水に浮くことの無い陶磁器は、浜辺に捨てられても沈んでしまいます。そんなわけで、河川に捨てられたモノが下流まで流されることはあっても、浜辺で潮汐や沿岸流の影響で大きく移動することはありません。浜辺の陶片は、使われてきた地域の歴史を物語る遺産になります。

 写真は、愛知県知多半島にある南知多町で産する陶磁器片の一例です。左側は磁器で、古伊万里などと呼ばれるの九州で江戸期に焼かれた染付け磁器です。右側はそんな磁器を模して作られた、美濃・瀬戸系の本業焼きと呼ばれる陶器です。同じ浜辺で磨かれたものですから、磁器の硬さが分かると言うものです。このように愛知県は生活食器を作っている地場でもあるため、地元の器「せともの」も多産しています。

 これに引き換え、北陸の福井では越前焼きの産地ですが、生活食器の多くは、北前船のルートに当たるために、「からつもの」と呼ばれる磁器が寄港地近辺に多産しています。

 漂着仏

 

 石井先生の漂着物事典で仏像を見たとき、まさにこれが究極の漂着仏だと思いました。ですから、この仏さんが浜に転がっていたのを見つけたときには、自然に手を合わせてしまいました。

 先生の真似をして、オレの書斎の壁に仏間をつくり、安置してあります。信仰とは、祈った、願いが叶った、さらに祈る、また叶ったということが原点であろうと言われています。ビーチコーミングに行く前と、戻ってからは手を合わせるようにしています。

 カメラ

 

 浜辺には稀にカメラの漂着があります。そのほとんどは防水カメラで、以前渥美半島先端の浜で、海面に浮いたストラップを持ち上げたところ、防水カメラ・ニコノスがありました。ところが本体だけでレンズが外れ、砂まみれの状態でした。近年はデジタル化と、防水ハウジングの進化で、沖縄で流出したカメラが本州に届いたこともあるそうです。写真の使い捨てカメラはコケムシが付着し長旅の様子。どこから来たのでしょうか?

 海ボタン

 

  この素敵な名前を付けられたのは、友人のNさん。このボタン、穴は一つしかありませんが、素材はガラスでできています。

 海に捨てられた電球のソケットが腐食してランプ部分が外れ、浜辺に沈んだソケットのアルミ部分も、長い経年劣化で腐食すると、ソケット底にあるプラスとマイナスとの絶縁素材のガラスだけが残ります。

 これが海ボタンになります。海ボタンをビーチグラスとともに拾われたら、海に捨てられた電球のことを思い出してくださいね。

 ライター

 

 漂着ライターは、いわゆる使い捨てライターと呼ばれるものです。これには流出地が記されており、漂流ルートの解明につながります。

 漂着ライターを使い、漂着物研究を始められたのは、京都東山高校の安松先生です。琴引浜の調査に、部活動の一環で長く取り組んでこられました。その手法は、鹿児島大学の藤枝先生やJEANの小島さんらによって詳しくまとめられ、海ゴミ漂流ルートの解明に役立っています。

●漂着物学会誌2014論文PDF-Ⅰ ●漂着物学会誌2014論文PDF-Ⅱ

浜辺のペン


 デジタル全盛の今も、オリンパスのペンというカメラがありますが、今から50年以上前の1960年代にもオリンパス・ペンと言うハーフサイズのカメラがありました。それは35ミリフィルムのライカ版を半分にして使うために、倍のコマ数が撮影できると言うもの。私も使っていましたが、そんなペンの初期型レンズカバー(1960年代のもの)が漂着していました。どのようにして漂流したのかは分かりませんが、表面のpenの字体が懐かしかった。

占領下日本製  Made in Occupied Japan

 

 第二次世界大戦に負け、連合国の占領下におかれた日本では、輸出向け製品に Made in Occupied Japan (占領下日本製)と表示することが義務付けられていました。その期間は輸出が再開された1947年ごろから、主権回復となる1952年くらいまでの期間だったそうです。福井で見つけた錆びた琺瑯製の洗面器、裏返せばMade in Occupied Japan!今思えば、拾ったほうがよかったかな~?

 ☆星ボタンたち


  日本海側の浜辺でビーチコーミングをすると、軽い打ち上げラインには決まって小さなボタンが見つかります。それを福井のビーチコーマーらは、星ボタンと呼んでいます。

 その名の由来は表面に描かれた陽刻の単純な線だけの星型に由来します。このボタンは北朝鮮からやってくるようですが、どうしてこんなにたくさん流れ着くのかは不明です。

 

 ☆本家星ボタンと、似たもの

 

 ☆星ボタンたちでも書きましたが、それらは北朝鮮のものです。

 けれども、星ボタンにはオリジナルがありました。それは旧ソ連のボタンです。このボタンもプラスチック製ですが、成型技術は非常に高く、良質の樹脂を使っているようです。そしてデザインも星の中にハンマーと鎌を描いた旧ソ連の独特のものですね。右側は乳白色の樹脂の上に金属っぽい塗装をした星ボタン、どこのものかは不明です。

 

バッヂ


 漂着物はキホン浮くものがメインです。遠距離を旅してくるには水に浮かないと流れ着きません。

 一昔前のバッジは金属製で、1980年代に中国へ行った折、毛沢東バッヂは浮かないアルミ製で、プラスチックのものは見かけませんでした。

 写真のバッジはプラスチック製で、北朝鮮のかっての指導者・金日成氏の横顔をあらわしたもの。なんと似たのがAMAZONにありました。

黒蓋

 

 この黒い直径4cmほどの黒いものは窓蓋なのです。それも特殊用途ながら、浜辺にはけっこう転がっています。

 これはホンダのスーパーカブのチェーンカバーに取り付ける窓の蓋で、カバーを外さなくても、この黒い蓋を外せば、チェーンの張りが見られるというもの。私もカブに乗っていますが、一度チェーンの張りをチェックした後で無くしました。でも、海で4個ほどストックしたので、しばらくOKですね。

ラジオゾンデ

 

 地上30Km ほどの高層気象などを観測するために、気球につけて打ち上げるレーウィンゾンデやGPSゾンデなどの総称です。

 落下後は海上を漂流し、浜辺に漂着することが多く、最近のモノではUSB端子を備えたものもあります。


ブランドタグ

 

 ズワイガニは産地によってさまざまな名前で呼ばれています。

 鳥取や兵庫あたりでは「松葉がに」、福井では「越前がに」と呼ばれているのは、どれもズワイガニで、特にオスには、こうしたタグが差別化のためにつけられています。

 福井の海岸では、対馬暖流の源流域に近い西の浜坂漁港の「松葉がに」タグがよく漂着しますので、「越前がに」のタグは、きっと石川や富山に漂着してるのでしょうね。

絶滅危惧種・1 フィルムパトローネ

 

 私がカメラを使い始めたのは小学生の頃でした。同級生の家が写真館で彼の家に遊びに行き、おじいさんにフィルム現像や焼付けを習ったのが始まりでした。それ以来カメラはずっとお友達・・・大学時代には商品写真撮影のバイトもやりましたし、個人的にはコダクロームのファンで、死ぬまで使い続けるつもりでしたが、フィルムが作られなくなって困りました。

 そしてほどなく、デジタル全盛の世の中に。いくら便利になっても、覚えた基本は変わりません。そして今ではフィルム現像などのインフラが減少してパトローネに入ったフィルムは絶滅危惧種・・・もう漂着も無くなりそうです。


絶滅危惧種・2 オーディオ・カセットテープ

 

 私がカセットテープと出会ったのは中学生のとき、英語のティーチャーが、「本場の発音はこれやぞ!」と、聞かせてくれた教科書準拠のモノ!オープンリールのテープレコーダーは知っていたが、カセットにはたまげた。

 もう一度カセットにはたまげたことがある。それはSONYのウォークマン!ヘッドフォン越しに流れてきたのは、テレコの音ではなく、ハイファイ・オーディオでした。その後のカセット、寿命は長くてMDが短命だったのに比べ未だに売られています。でもそろそろ漂着でも見かけなくなりそうですね。

使える文房具類

 

 2000年ごろの日本海側の浜辺、もちろん当時でも浜辺に文房具類は転がっていました。でもそれらはもうインキの出なくなったボールペンやら、使えないものばかりでした。

 最近は、まだ未使用のスティック糊やら、まだ黒々と書けるフェルトペン(マジックインキ)まで流れ着きます。これらはどちらも韓国製品で、材質やデザインの向上も分かるのですが、何とも勿体無い!ケチな私はこんなモノを拾ってきて、使っていますよ。(笑)(笑)

でらベッピンさん容器!


 アジア各国の発展とともに、作られる製品の質は向上してきました。プラスチックの成型技術、プリント技術、インクの品質、それにデザインも洒落たものになり、ここ10年ほどの間の変化には目を見張るものがあります。

 写真はどちらも韓国メーカーのコーヒー容器ですが、モデルには韓国美人!でらベッピンさんです。

 そういえば、韓国は整形美人が多いといわれています。1990年代にソウルを訪れた際、美人の多さに驚きましたが、整形技術も高いのでしょうか?


エプソン社インクカートリッジ大量漂着

 2006年7月、韓国沖で時化に遭った貨物船から、中国製のエプソン社インクカートリッジを積み込んだコンテナが海に落下しました。海中に沈んだコンテナから流出した大量のカートリッジは、同年夏に韓国沿岸に大量漂着しました。

 同年12月初め、福井市三里浜砂丘をはじめ福井や石川のあちこちでパックされたままのカートリッジが漂着し始めました。最初は期限切れの製品が捨てられられたものかと思っていましたが、漂着が広範囲でやけに多いのでエプソン社に尋ねたところ、コンテナ落下の件が分かりました。そして12月末には三里浜でエプソン社の方々と合同調査を行い、漂着していたカートリッジのシリアルナンバーから落下したコンテナに積み込まれていたものと判明し、エプソン社にも早速対応をしていただけることとなりました。

 エプソン社インクカートリッジは、日本海をインクの色に染めることはできませんでしたが、その後も浮遊を続けており、2015年1月現在でも、福井ではあちこちの浜辺で摩耗したカートリッジを見ることができます。コンテナに積み込まれていた小さなカートリッジですが、分解することのないプラ製品の海流散布のものすごさを私たちに教えてくれました。

中央に小穴のあいたプラスチック板

 

 主に日本海側でみられる薄っぺらなプラストック板は、ほとんどが同じサイズで、中央に穴があいています。

 これ、実は乾電池の部品で、乾電池の+側に用いられていた絶縁体です。中央の穴から+の電極が飛び出す仕組みになっています。ハングルが記された物もあるので韓国製があるのは間違いないでしょう。乾電池は浮きませんが、海に投棄された乾電池の金属部分が腐食し、軽いプラスチックが漂着したものですね。